A happy family
「行くところがないなら、俺と来ないか」
そう言われて、絶句するほど嬉しかった。
シンがなかなか答えないものだから、小首を傾げたその人に、悲しげに「駄目か？」と問われて。
「いいえ。ダメなんてそんな・・・」
そんなこと、あるわけない。
だって、うるさくてムカついて裏切られて。
でもシンは、この人のことが好きだったんだから。
「良かった」
と、そう言ったアスランが、あんまりキレイで。シンは夢見心地で、その人の手を取った。
パンよし、スープよし、おかずは、今日は魚でよし。
サラダは、ほっとくとアイツ食べないから魚の皿に、個別に分けた。
こうしておけば、アスランさんがガミガミ言って食べさせてくれるから。
そう思って、シンは時計を見上げる。
遅くなるって連絡はなかったから、アスランさんも、もうそろそろ帰ってくるだろう。
おかず、もう出しちゃおうかな。
「シンー、ごはん」
「アスランさんが帰ってきてからです！」
のっそりと部屋からあらわれたキラに、シンはぴしゃりと言い放った。
そう。
憧れのアスランさんに「俺と来ないか」と、まるでプロポースのようなセリフを吐かれて。
のこのことついて行ったら、しっかりと先に、コイツがいた。
「うん。でも、もう帰ってきたよ」
キラが言い終わらないうちに、「ただいま」、と、声がした。
アスランは、カガリの秘書のような仕事をしている。
シンは、国立の学校に行っている。
キラは・・・毎日部屋にこもって何かをやっている。
しかも、アスランさんはもう、この引きこもり野郎のモノだっていうから腹が立つじゃないか！
でも、シンだって諦めない。
まず手始めに、餌付け・・・じゃない、ごはんから。
シンはここに来て、自分が意外と家事に向いていることを知った。
「アスランさん、もうメシ出来てるんで・・・・」
手、洗って来てください。
そう言おうとしたところで。
「アスラン、なんだか疲れた顔してる」
それよりも先に歩み寄ったキラが、する、とアスランの頬に手のひらを滑らせた。
「平気だよ、お前こそ、今日はちゃんと寝ろよ」
「アスランが一緒に寝てくれるならね」
「仕方ないな・・・」
「メシ！冷めちゃいますよ、イチャつくんなら後にしてください！」
リビングの入り口で今にも抱き合いそうな勢いの二人に、シンは怒鳴ってがんっと魚の皿をテーブルに叩きつけた。
魚の骨が取れない、サラダに入っている生のニンジンが嫌だと、ぶつぶつ言ってはアスランに怒られるキラというのは、もう見慣れた食卓の風景だ。
なんでアスランさんはこんな奴がいいのかと、そう思うと腹が立つより悲しくなってくる。
「文句言うんなら食べないでください。・・・ああ、そうだアスランさん、熱工学の宿題、見て欲しいんですけど」
「自分でやりなよ・・・」
結局、サラダを全部食べたキラが言うけれど、お前にだけは言われたくない、と、とシンは思い切りそれを睨みつける。
「自分でやって、でもわかんなかったとこあるんですけどっ！」
「なら、見てやるよ」
やさしく頷いてくれた人に、よし！とシンは握りこぶしだ。実際、宿題は途中からわけわかんなくなって、これなら２時間はアスランさんを独り占めできるとみた。
「いいけどアスラン、一緒に寝てよ」
ぼそりと言ったキラに、アスランは笑って。
「わかってるよ」
今度は、シンがむくれた。
キラを睨みながら、がっふがっふとサラダをかき込む。ニンジン、千切りにして水にさらしてんだぞ、味なんかほとんどしないじゃないか。
「ああ、そうだ」
そんなシンとキラの様子など、まるで頓着せずに、アスランがスプーンを持った手を止めた。
「今日、カガリの屋敷でラクスに会ったよ。こっち、連絡来てたか？」
「来てない。・・・何？、僕も行った方がいい？」
「ああ。顔出しとけ」
過去を共有した者独特の、こういうわかり合った会話は気に食わない。
更にむくれて席を立ったシンを、しかしアスランはにこやかに見上げた。
「お前も、一緒に行くといい。ラクスが会いたがってたよ」
「はぁ？なんで」
「なんでって・・・・」
困惑した様子のアスランの代わりに、キラが答えようと口を開いた。
いつの間にか、彼の皿の上のものは全部なくなっている。妙な勝利感に、シンの機嫌が少しなおってきた。
「ラクスは、ある意味人材コレクターだからね。君、見どころあるって思われたんだよ。・・・・雇ってもらったら？」
シンは、ちょっと嬉しくなって。
「それって、プラント行っちまえってことですか！！」
それからすぐに、そのことに気がついて、大声で怒鳴った。
「うん」
「あんたって人はーーーっ！」
思わず乗り出したシンを、アスランが止めて。
「シン、静かに食べろよ」
「もう全部食いました。あんたは残さない！！」
シンもキラも、もう食べ終わっているのに、アスランの分だけ、まだ半分以上残ったままだ。
「いや、俺は魚は・・・・」
「あんたダメなの青魚だろ。これヒラメだから。食えるから！」
一度、アレルギーのあるこの人に、焼き秋刀魚を出してしまってエライことになったのだ。シンだってちゃんと学習している。
「それはそうなんだが・・・」
「食欲ないの？アスラン」
「え、そうなの？」
二人に、心配そうに見つめられて。
「いや・・・その・・・・食べるよ」
アスランはとうとう、カガリの軽食に付き合わされて、いつもの食事以上に食べさせられたことを言いそびれた。
来るんじゃなかった、と、シンはうーうー唸りながら、とにかく必死に下を向いていた。
アスハ邸の、広い応接室。よくよく考えればこうなるのは当然だったのに、と、ラクス、カガリ、キラに囲まれて、シンはただひたすらに困るしかない。
「あらあらあら。困りましたわね。連合には、まだ存続して頂かなければなりませんのに」
「でもまだ何とかなると思うから。そっちからも、なんとか手をまわしてくれないか？」
「いっそのこと、オーブも再加盟したらどうだろう。今の勢いなら、そのまま主導権握れるよね、カガリ」
「お前そんなこと簡単に言うなよ・・・」
なんで、目の前で世界の命運を決めるような会談が行われているんだろう。
帰りたいよアスランさーん、と、書類を持って立ち去ってしまった人に心中訴えつつ、それでもどうやら、シンには、その自由はないらしい。
「でも、オーブに検討の動きありってリークすれば、まだこのまま少しは持つよね。その間になんとかしようよ」
「そうですわね・・・、少し時間を頂けましたら、なんとか」
「そうだな。どっちにしろ今度の会談には応じなければならないし・・・・でも加盟はできないから、フォロー考えとけよ。首長会の了承も取れないし」
「取れたらするの」
「状況次第だが、できればしたくない・・・なんとか交渉してみるさ」
しかし、そう言ったカガリの言葉が、あまりにも軽く聞こえて。シンは、思わず声を上げてしまった。
「できるのかよ、あんたに」
しん、とその場が静まって、三人の視線がシンに注がれる。
しまった、と思ったけれど、それでもシンは必死にカガリを睨んだ。
だって。それができなきゃ。
また。
「ああ、それが私の使命だからな」
そう言ったカガリの言葉は、自信でもなく、気負いでもなく。ただ、事実を語っていて。
「・・・なら、いい」
シンに、そう言わせることに、足りるものだった。
「責任重大だな、カガリ。・・・これ、とりあえず今行政府から来た資料と、イザークからの最新情報だ」
いつの間にか戻って来たアスランが、そう言って資料を配り始めた。さっきのことで、酷く緊張していたシンは、思わず擦り寄ろうと立ち上がりかけ。
「なんなら君も手伝ったら？」
そう言うキラに肘を掴まれ、立ち上がれずに座り込む。
「だから、プラントに行けっていうのはお断りだ！」
いつもの調子で怒鳴ると、テーブルの向こうでピンクの頭が可愛らしく傾げられた。
「あらあら、嫌われてしまいましたわ」
「え、ええ！？そうじゃなくて・・・アスランさんっ！」
キラの妨害もものともせず、無理やり立ち上がって自分に縋ったシンの頭を、アスランはぞんざいに撫でてやる。
「まだコイツには早いだろう」
「早いとか遅いとかじゃなくって！」
「アスラン離れができないんだよね」
「誰がだ！！」
吠えたシンを宥めようと、またシンを撫でだしたアスランの服の裾を掴み、キラは二人をまとめて座らせた。もちろん、アスランが自分の隣に来るようにだ。
「とりあえず、座って」
シンはアスランの腕を捕まえて、唸っている。
「ああ、うん。・・・ラクス、イザークのレポートなんだが」
「これは・・・少し、予定を繰り上げなければいけませんわね」
シンが、アスランのカップに紅茶を注ぐ。
それに礼を言ったアスランに、今度はキラがぺたりと懐く。
カガリは軽く首を傾げて紅茶をすすった。
「やはりプラントの動きは早いな・・・キラ、暗号電文のタイムラグ、もう少し減らせないのか？」
「うん。今弄ってるけど。・・・アスラン、ハードの方はどう？」
アスランの目の前に、シンには理解できない、キラの手書きの理論メモ。
それを受け取った手の中を、わからないなりにシンは必死で覗き込む。
「昨日受け取った部品でなんとかなりそうだ。ありがとう、ラクス」
「実際に調達してくださったのは、ジュール隊長ですわ」
「ああ・・・礼言わないと怒るかな」
怒るよな、と呟いて、アスランはカガリとラクスに断って、また席を立とうとした。
「あ、僕も行く。ついでに新シリーズのＯＳデータ頼めないかな」
「そんな、余計に怒らせることを・・・」
「ああ俺も！除隊手続きの礼言ってない！」
「まだ言ってなかったのかお前！」
騒ぎながら消えた、男三人を見送って。
カガリはもう一度首を傾げて、うーんと唸った。
「なんっかなー、あいつら見てると、何かに似てると思うんだけど」
なんだっけ、と呟く声に、ラクスは笑って答えてみせた。
「まるで、お母さまを取り合う、お父さまとお子さまのようですわ」
「そう、それだ！！」
邸宅の防音は完璧なはずなのに、遠くでシンの叫び声が聞こえる。
なんだかんだで平和は近いと、特に理由もなく、二人の女性は思ったのだった。
a happy family：幸せな家族
：（一つのおりに）同居する異なった動物たち（プログレッシブ英和中辞典）